

鉄の芸術家・澤田正文 ニセコで創る
「カンカンカン……カカーン」 尻別(しりべつ)川に架かるニセコ大橋の麓、赤い屋根の建物から規則的な音 が響いています。ここは、鉄の芸術家・澤田正文さんの工房兼ご自宅。22年前、 札幌に工房を持っていた澤田さんが、大型の作品を創るために広い敷地を探していた時に、偶然出合った物件でした。1週間後に解体するという建物を慌てて買い取り、自分で手を加えて工房を造り上げました。以来、澤田さんが創る作品はすべてこの工房から誕生しています。
澤田さんは、鉄を中心にステンレスや木材などを使ってアート作品を生み出します。今にも動き出しそうなキリンやラクダ、馬などの動物を形づくる「アニマルシリーズ」や、ジャズの演奏家たちや和太鼓奏者を表現した「楽器シリーズ」、テーブルやイスなど家具を創る「KAGUシリーズ」など、作品は多種多様。「同じ作品は創らない」という思いのもと、ニセコで創作活動をしています。


午前4時。澤田さんの一日は自分で焙煎したコーヒーをいれることから始まります。鉄を溶かすほどの火力を持つ窯で深煎りした豆を挽き、抽出したコーヒーを飲みながら、インターネットでお気に入りの世界各国のデザイン関係のサイトを巡ります。そうして、創作へ向かう気持ちを高めていく。創作イメージがわいてきたら、デザインを考え、図面を描き、創りはじめます。
「イメージが固まると、創りたくて創りたくてしょうがない。夢中になったら止められないのは5歳児と同じだね」と笑う澤田さん。自分が創りたいもの、創っていて楽しいと思うものしか創らないと決めていると断言します。「楽しんで創ったものから売れていくんだよ」。不思議そうに言いますが、作品を観る人にも創り手の気持ちが伝わるのでしょう。
しかし、時には創りたいイメージが思い浮かばないことも。そんな時には、工房兼ご自宅から徒歩90秒の尻別川へ。清流でヤマメやニジマス釣りをして、気分転換をすると言います。格別な自然と遊びながら気持ちを切り替える。ニセコのこの環境だからできることだと澤田さんは言います。
鉄を自然に還す
澤田さんが愛し、作品のかなめとしてきた「鉄」は元をたどれば天然の鉱物。鉄鉱石を溶かして鉄板が造られ、その鉄板を使って作品を創り上げます。
1200℃の高温で鉄を溶かし、ハンマーで叩き、形を創っていく澤田さんが、手を止めてボソリとつぶやきました。
「鉄板を鉄の融点近くまで焼いて叩いてやると、元の素材に近づいていく。鉄鉱石に還っていくような感覚になるんだよ」。
無機質に思える鉄が、澤田さんの手にかかると体温を持っているように感じる理由が少しだけ分かった気がしました。



