「北限のお茶に挑む。」プロジェクトとは
お茶の露地栽培の北限といわれる東北地方より、さらに寒さの厳しい北海道・ニセコ町産のお茶の栽培を目指し、茶園を開墾。2015年から試験的に植樹を実施し、2020年6月に初めて茶葉の収穫に成功しました。将来的に茶葉の販売を目標としています。
2024年 今年度の取り組みについて
日ごろより「新雪谷茶園」の活動を応援いただいている皆さま、また、これまで植樹、冬囲い、茶摘みなどのイベントに参加された皆さまへご報告いたします。
昨年末の北海道・ニセコの羊蹄エリアにおけるネズミの大量発生により、「新雪谷茶園」で大切に育てていた茶樹のおよそ7割が害獣被害を受けたことが判明。これにより今年度予定しておりました茶摘みなどの実施が難しくなりました。
今年は被害を免れた茶樹の育成強化を第一に取り組み、来年以降は新たな植樹も計画しております。
「新雪谷茶園」の様子については改めてこちらにてご報告させていただきます。
2023年6月「新雪谷茶園」で昨年植樹した新茶の茶摘みを行いました。
北海道・ニセコ町にある自社農園「新雪谷茶園」で、6月17、18日の2日間にわたり茶樹の冬囲いの撤去と茶摘み体験を開催しました。
同園では、昨年5月に静岡県のお茶農家さんから譲り受けた約7,000本の茶樹を、一般公募で集まった100人を超える参加者が植樹。10月には、茶樹が寒冷地での冬の寒さと雪に耐えられるよう、木材などで茶樹全体を覆う冬囲いを、参加者とともに設置しました。
3回目となる本イベントも同様に、地域の皆さまとともに「北限のお茶」を育てていきたいという思いから、参加者を広く募集。家族連れや前回の参加者などを中心に、2日間でのべ約60人が集まりました。はじめに、冬囲いの撤去作業についてスタッフがレクチャー。参加者は茶樹を傷つけないように、一つ一つ慎重に囲いを外し、作業に汗を流しました。
新茶の茶摘み作業の前には、同園の社長で、フランスの日本茶コンクールで金賞を受賞した釜炒り茶の巨匠・興梠洋一(こうろぎよういち)さんが、指と指の間で新芽を一芽ずつ挟んで、葉の下で折り取る「折り摘み」の方法を説明。「新芽は触ってみると柔らかいです。有機栽培なので、中には虫食いの茶葉もあります。それも貴重なお茶になるので、大切に摘み取ってください」と話しました。
これまでの歩み
12時間かけて手作業で製茶
本来、茶樹は温暖な気候を好むため、冬の最低気温がマイナス20℃前後まで下がるニセコ町での栽培は困難を極めました。実際に、緑の葉が茂る樹もあれば、一枚も葉っぱがつかず、枯れてしまったものも多く見られました。
登別市から、2人の子どもと一緒に参加した田中健太郎さんは「茶摘みが面白くて、子ども以上に夢中になりました(笑)」と笑顔で話しました。母親と参加した札幌市の木村美由起さんは「前回、自分の手で植樹をしたので、茶摘みもしたいと思いました。実際に収穫できる量がとても少なくて、生産者のご苦労がよくわかりました」と語りました。
今回収穫した茶葉は、樹齢約30年の「さやまかおり」という品種。香り立ちの華やかさが大きな特徴です。参加者は、この日のために興梠さんが予め釜炒りで製茶したニセコ町産の新茶を試飲。「柔らかな甘みと上品な旨みがある」「爽やかな香りで、苦みがなくおいしい」と大好評でした。
今回摘み取ったお茶は、約12時間かけて手作業で製茶。興梠社長によると、出来上がった新茶は1.2キロほどだといいます。「さらに植樹して、多くの皆さまにお届けできるように努めたいです」と語ります。お茶の北限を更新するルピシアの挑戦は、まだまだ続きます。
2015年6月「北限のお茶」プロジェクト始動
8世紀半ばに記された世界初のお茶の本『茶経』が「茶は南方の嘉木なり……」と始まるように、本来、茶樹は温暖な気候を好む植物です。一般的に日本の茶樹栽培の北限は東北地方といわれています。しかし、ルピシアでは近年の品種改良の成果や栽培などの技術を駆使し、北海道・ニセコ産のお茶の収穫を目標に2015年6月、小さな茶園を開墾しました。
雑草を刈り、固い土を掘り起こし、5種42本の茶樹の苗木を植えました。宮崎県五ヶ瀬と埼玉県狭山、二つの茶産地から耐寒性の強い品種の茶樹を選びました。中には、五ヶ瀬の山中に自生する樹齢100年を超える老茶樹も。農林水産大臣賞など多数の受賞歴を持つ五ヶ瀬の釜炒り茶の巨匠、興梠(こうろぎ)洋一氏と奥様の指導の下、大切に植樹しました。翌年7月の新茶の収穫が目標です。
2015年10月 初めての冬
来たる冬に備え、2015年10月中旬に茶樹の冬支度を行いました。ニセコの冬はマイナス20度を超えることがある極寒地。寒さ対策として、茶樹全体を藁で覆う伝統的な防寒対策を施しました。
茶樹にとっては試練の冬を越えて、無事に春を迎えることができたのは42本中17本。半分以上は残念ながら、生き延びることができませんでした。植樹した5種のうち、「さやまかおり」など特に耐寒性が強いものが初めての冬を越すことができました。
2017年 2年目の方向転換
ニセコでの初めての冬を越した17本の茶樹はその翌年も越冬し、確かに土地に根付きました。しかし、大きな問題に直面したのです。生育環境の厳しさのためか、苗から育てたお茶の木からはお茶として飲むことができる新芽がほとんど成長しませんでした。
最初の開墾から2年目となる2017年、大きな方向転換を行いました。静岡の茶園に協力いただき、ニセコでの生育状態がよかった品種「さやまかおり」の成木7本を入手。新たな茶畑に移植しました。そして越冬方法も、藁で覆う伝統的なものから、茶樹ごとにポールを立てて白い布で囲む小さなテント状の覆いに変更。これにより、雪の中でも光を取り入れ、光合成が可能になると考えました。
寒さが本格的になる11月中旬からおよそ半年間、雪の中に埋もれて過ごした茶樹は、6月の雪解けとともに1本も枯れることなく、元気な姿を現しました。また、その量はわずかですが春の日差しに照らされてエメラルド色に輝く新芽をもたらしてくれたのです。
2020年6月 5年の歳月を経て待望のお茶が完成
2020年6月18日。宮崎県五ヶ瀬の巨匠、興梠洋一氏の指導の下、待望の茶摘みを始めました。高さ1mほどに成長し、元気に茂る「さやまかおり」から、一芯二葉(新芽とその下の2つの葉)を慎重に摘み取ります。樹勢が衰えないよう気を付けながら進めていきます。越冬のためのテントを通した淡い光の中、低温の環境でゆっくり育った茶樹の葉は、シルクのように柔らかく繊細な手触り。
7株から集めた、小さめのボウル1杯ほどの貴重な茶葉を、日光にさらして萎れさせた後、籠の中で揺さぶり、暗所で寝かせるなどの作業を繰り返します。これは、興梠さんがここ数年、研究を重ねてきた台湾の銘茶「文山包種(ぶんざんほうしゅ)」の製法を活かしたもの。お茶本来の風味を引き出すためにこの製法を選びました。
お茶と向き合ってきた巨匠ならではの判断で、萎凋(いちょう)した茶葉を短時間蒸して殺青(さっせい・酸化発酵を止めること)を行い、手もみした後、熱したホットプレートで水分を飛ばして茶葉の完成です。これは、九州の蒸し製法による玉緑茶のようなやり方で仕上げました。
その量は、わずか12.5g。残った茎を集めて一緒に完成したほうじ茶4.6gと合わせて、合計17.1gのお茶を収穫しました。「北限のお茶」プロジェクトが始動して5年。待望のお茶でした。
2020年7月「北限のお茶」を味わう
2020年7月某日。茶葉が東京の事務所に運ばれ、ルピシアの各部署から集められた精鋭たちがテイスティングを行いました。
見た目は台湾の銘茶「文山包種」風で、深い緑色をした薄く大ぶりな茶葉。お湯を注ぐと、日本茶ではあまり嗅いだことのない甘く力強い芳香が部屋中を満たしました。各々、そうっと口を付けます。「繊細だけど力強い。高級茶らしい貫禄がある」「雪の下でほぼ半年を過ごしている茶樹。雪を通した淡い光の中生き延びたことが、柔らかな甘みと、強靭な生命力の同居する風味を生み出している」「2煎目はさらに透明感のある洗練された味わい。でも強くのびる余韻が素晴らしい」と絶賛の声が次々と上がりました。5年の歳月を経て、初めて口にした「北限のお茶」は他のお茶とは違う感動をもたらしてくれました。
2020年8月「北限のお茶」の挑戦は続く
5年の歳月を経て、ようやく完成した「北限のお茶」。しかし、これで終わりではありません。新しい品種の植樹や、オリジナル品種の開発、苗木からの栽培など、挑戦したいことは次から次へと湧き出てきます。
2020年8月6日。宮崎県五ヶ瀬の巨匠、興梠洋一氏が有機農法で育てた茶樹の苗木24本をニセコの茶畑に新たに植えました。甘く清涼感のある香り立ちが魅力の品種「香駿」が、「ニセコの土で育つことでどのように香りが変化するか楽しみ」と興梠さんは目を輝かせます。越冬の方法も新たなやり方を試すつもりです。今は30㎝ほどの小さな苗木が一年後、どのような姿を見せてくれるのか。「北限のお茶」への挑戦にご期待ください。
2021年6月、本格始動
2015年から挑戦を続けてきた「北限のお茶」。さらなる生産量の拡大を図り、2021年6月に茶樹約700本を植樹しました。
植樹した茶樹は、静岡県島田市の農家の方から譲り受けたもの。樹齢30年の「さやまかおり」で、数年人の手が入っておらず2メートルほどの高さに伸びていました。根は7メートルの深さまで達しているものも。それを機械を使って刈り取り、茶樹1本1本を50センチほどに切りそろえるところから始めました。
作業を手伝ってくださった島田市の植木職人の方は「50年、この仕事をしているけれど茶樹の植え替えは初めて。最初に聞いた時は驚いたよ」とおっしゃいます。それもそのはず、一般的に、お茶の木は地中深くに根を伸ばしてその土地に根付くため、植え替えを嫌うといわれています。そのことから、嫁ぎ先に末永く根付いてほしいという願いを込めて、結納品としても使われるほどです。
しかし、「北限のお茶」プロジェクトでは、茶樹の植え替えが可能だということは実証済み。むしろ、苗木よりも成木の方が生育状態が良かったことと、耐寒性が強く、前年に収穫まで辿り着いた品種「さやまかおり」であることも後押しとなり、今回の植樹に踏み切りました。
宮崎県・五ヶ瀬の釜炒り茶の巨匠、興梠(こうろぎ)洋一さんは、「人の手が加わっていない状態でも、これだけ力強く育っているところに可能性を感じる」と瞳を輝かせます。
ルピシアのスタッフ約10名で、茶樹を北海道・ニセコへ届ける準備をしました。茶樹の根が乾燥しないようにビニール袋で包み、傷が付かないよう1本1本、段ボール箱で梱包します。約700本という数に圧倒されましたが、徐々に愛着が湧き、「ニセコの厳しい寒さを何とか乗り切って大きくなってほしい」と願いを込めつつ、ニセコまで約1200キロの距離を移動する茶樹を見送りました。
ニセコで茶樹を植えるのは、羊蹄山を望む約1.3ヘクタールの広大な畑。「静岡ではだいたい35センチ間隔で植えられていた茶樹を、ニセコでは1メートル間隔で植える。ストレスをかけずに育てたいから」と興梠さんは話します。
ニセコではルピシアのスタッフ総勢30名ほどで植樹をしました。静岡から届いた段ボールを一つ一つ開けて、畝に置いていきます。スコップで深さ30センチほどの穴を掘り、茶樹を置いて土をかけます。そして足でしっかり踏み固めるという作業をすべて手作業で行いました。
これから数か月すると、ニセコに冬が訪れます。これまで、越冬方法については試行錯誤を繰り返してきました。前年は収穫まで辿り着きましたが、自然が相手だと今年もうまくいくとは限りません。今回植樹した茶樹がどれだけ生育できるかは未知数ですが、寒冷な地でこそ育めるユニークな風味を求めて、「北限のお茶」を一人でも多くの方にお届けし、食の楽しさをお伝えできるよう挑戦を続けていきます。
約700本の植樹が終わった数時間後、恵みの雨が降ってきました。それはニセコの大地がお茶の木たちを歓迎してくれているようでした。
2022年5月「新雪谷(ニセコ)茶園」で約7,000本の植樹会を実施しました。
北海道・ニセコ町にある自社農園「新雪谷茶園」で、2022年5月29日に茶樹の植樹会を開催しました。地元の皆さまにこのプロジェクトを知っていただき、ともに「北限のお茶」を育てていきたいという思いから、参加者を広く募集。当日は、家族連れや学生など約100人が集まりました。
作業に先立ち、同園の興梠(こうろぎ)洋一社長は「この地に茶樹が根付くことは、北海道にお茶の文化が根付くことでもあります。皆さんが一つ一つ思いを込めて植えていただければ、おいしいお茶になります」とあいさつ。スタッフによるレクチャーの後、参加者は2人1組になって畑にスコップで穴を掘り、一本一本丁寧に茶樹を植えていきました。
10歳と4歳の子どもを連れて来た蘭越町の小成麻衣さんは「子どもたちに茶樹を見せたいと思い参加しました。ここまで大規模な茶園だと思っていなかったので、驚いています」と笑顔で話しました。また、電車とバスを乗り継ぎ、前泊して参加した札幌市の大学院生、藤田凌平さんは「熊本県出身ですが、これまで一度も茶樹を見たことがありませんでした。自分の手で植えると思いが込もります。無事に生長してほしいです」と語りました。
ニセコの味がする唯一無二のお茶を目指して。
この植樹会の最大の難関は、5月上旬に行われた静岡県での約7,000本の茶樹の移植作業と、運搬でした。地元の腕利きの植木職人はもちろん当社のスタッフも集結し、茶樹を傷めないように一つ一つ枝葉を剪定し、根の乾燥を防ぐために丁寧に梱包。10トントラック2台で、2日間かけて北海道まで輸送しました。
「根が乾いてしまうと茶樹にストレスがかかり、弱ってしまいます。昨年の反省を踏まえて、移植から定植までの期間をできる限り短縮しました」と興梠社長は説明します。移植した茶樹は、樹齢約30年の「さやまかおり」という品種。香り立ちの華やかさと耐寒性の強さが特徴です。本来、茶樹は温暖な気候を好むため、冬の最低気温がマイナス20℃前後まで下がる寒冷地での生育は未知数です。
「前代未聞の挑戦ですが、世界に認められるお茶を作るためにも、一本でも多くの茶樹を残せるように対策を練っていきます」